はじめに

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 「博物館」、こう聞いた時にどういう印象を持つだろうか?

 いつもほとんど同じ物が展示してあって一度見に行ったらそう何度も行く必要の無い場所

 僕が、平塚市博物館と深く関わるようになる以前の印象がまさに、こういったものだった。

 平塚市博物館に頻繁に訪れるようになる以前、確か中学生の時だったと記憶しているが、一度学校行事で行ったことがある。この時、もうここにはそう来ることはないだろうと思ったと記憶している。

 以来、平塚市博物館についてあまり気に留めていなかったのだが、ある年スイフト・タットル彗星が地球に接近することが判った。以前から天文に興味を持っていたのだが、このスイフト・タットル彗星(夏の流星群であるペルセウス座流星群の母彗星)は僕が確か中学生の頃、120年ぶりに地球に接近すると言われ結構騒がれ僕も期待したのだが、結局現われずどこかに行ってしまったと結論づけられ、残念な思いをした彗星であり、ぜひ見てみたいと思った。どうも計算が間違っていて120年周期ではなく、130年周期だったようだ。ところが天体望遠鏡を実家(以前は家族4人で平塚に住んでいたのだが、この時には僕一人平塚に残り、他のみんなは、おばあちゃんが住んでいた川崎に越していた)に送ってしまっていたので、そのままでは見ることができない。なんとか見たいと思った僕は、平塚の博物館で星を見るイベントをやっていたことを思い出して、平塚市博物館に行ってみた。すると一般参加の星を見る会ではスイフト・タットル彗星を見るイベントはないが、会員制の天体観察会では、この彗星を見るチャンスがあるイベントがあるらしい。通常は、4月に入会ということなのだが、特例として入会することができた。この時対応していただいたのが沢村さんである。

 それからしばらく天体観察会のイベントに参加していたのだが、当時僕がぷーたろーであることを気遣ってか、沢村さん天体観察会その他の手伝いのバイトを紹介してくれた。そして何度か手伝っているうちに、今度は特別展で天体関係の展示をするのだが、僕がプログラミングが出来るということで、こちらのプログラミングの手伝いをすることになった。PC9801でいくつかプログラムを作ったが、それ以外にMacでもハイパーカードを使った展示をすることになった。さすがにMacは持っていなかったので、平塚市博物館内で作業することになった。

 そこで僕は、平塚市博物館に蓄積された膨大な資料を目の当たりにすることになった。平塚市博物館には、膨大な資料が埋もれている。展示されているものはその中のごくごく一部でしかない。

 また、Macでの作業も面白く、僕はハイパーカードの虜となった。天文関係の特別展でのMacを使った展示では、まだ実験的要素が強く、自分としても満足いくものが作れなかったが、幸い次の特別展(鳥類画家小林重三展)でもMacを使った展示をさせてもらえることになった。この時制作したものは小林重三さんのスケッチブックをスキャナで取り込み、それを見られるようにした仕組みとしては単純なものだが、展示ではスケッチブックを手にとって見てもらうということはどう考えても無理で、展示する時にはそのうちの見開き2ページのみを表示するだけしか出来なかったので、来場者にそれ以外のページを見る手段を提供したということで、とても意味ある展示が出来たと思う。コンピュータを博物館の展示に活用する1つのパターンを提示できたと思う。僕はコンピュータを使って、博物館の中に埋もれている情報を少しでも来場してくれた方に提供できたらいいと強く思った。その次の特別展(掘り起こされた平塚U)でもMacを使った展示を行なったのだが、この時は展示してあるものを図録用に写真撮影したものを表示するに止まり、ちょっと残念だった。博物館には今迄に撮りためた、土器などの写真がたくさんあったのだが、その写真は前の担当の明石さん(現在は復帰している)が撮影したもので、その時の担当の栗山さんは、とても膨大すぎて自分では把握しきれないということで、残念だったが断念した。

 それからしばらくは、平塚市博物館にあまり行っていなかったのだが、開館20周年記念展あたりでまた博物館に通うようになった。しばらくぶりに博物館に顔をだした僕は、開館20周年記念展が行われることを知り、またMacを使った展示をやらせてくれるように頼むと、快く許可してくれた。その時の展示では、展示に併せて制作された図録をもとに、図録中の「博物館の建物ができるまで」、「出会いの場としての行事」をMac上で見られるようにした(それとともに幾つかの追加した写真、動画も見られるようにした)ものを中心に制作した。いくつか作った中でこの時のものが一番良く出来たと思う(もちろん、もっといろいろ手直ししたかった部分もあったが)。次の動く大地を読む特別展でもMacを使った展示をやらせてもらったが、時間があまり取れなかったのと、僕のほうの知識不足から満足いくものが作れなかった。打ち合わせもあまり出来なかったし、この時の展示はとても悔いが残っている。次の木谷実特別展では、Macではなく、Windowsで過去の囲碁の対局の再現を見る(一手前に戻るとか、次の一手を予想するといったことも可能となっている)ことが出来るという、今迄とはちょっと変わったものを作った。Macでの展示もやりたかったが、それに取れる時間を考えたらちょうど良かったのかも知れない。この展示は愛好者にとても人気があったそうで、自分でも良かったと思っている。

 ここまで博物館で行われている行事についてあまり書いてこなかったが、博物館に頻繁に出入りするようになって、いろいろな行事に参加させてもらうことになった。平塚市博物館の売りの一つがこの行事で、行事に参加するといろいろ勉強になる。一時期、ほとんどの行事に顔を出したのだが、さすがに仕事に就いてしまうと、そう時間もとれず、あまり顔を出せなくなってしまった。

 以下に開館20周年記念展の際に発行された図録のなかから第2章の1.地域博物館としてのスタートからの抜粋を掲載します。

 平塚に博物館を作るという話が具体化してきた頃、準備室のスタッフは、他市の人からたびたびこんな話を聞かされました。「観光地でもない平塚になぜ博物館を作るの?」とか「国宝も重要文化財もないのに博物館が成り立つの?」との冷ややかな反応です。こうした意見は、当時の博物館に対するおおかたのイメージだったようです。つまり、一言で言えば、「宝物を観光客に見せるところが博物館」というとらえ方です。そのイメージを打破するところから、平塚の博物館建設準備が始まったといってもよいかもしれません。
 建築や展示の設計、そして開館後の運営計画を検討していく中で、準備室では博物館の基本的な考え方について、議論がたたかわされていきました。そして、煮つめられていったのが、「平塚は地域博物館としてやっていこう」という方針でした。
 博物館年報の第1号を見ると、「地域博物館の構想」と題された図が出ています。この図はどんな考え方を示しているのでしょうか。一つは、博物館が多様な市民のニーズにこたえるべく、人文から自然、さらに美術も含めた総合的な分野を持つようにしたいという姿勢です。しかも、それらが独立した山としてあるのではなく、博物館という器の中で統合され、複合的な視点で地域を見つめていきたいと考えました。そして、その活動のフィールドを示し、館全体のテーマになる言葉として選ばれたのが「相模川流域の自然と文化」でした。
 このような考えでスタートした平塚市博物館は、市民が自分たちの生活する地域をより深く理解し、地域への愛着を養い、その未来に関わっていく、そのための博物館であり、こうした考えを「地域博物館」と表現したのです。地域博物館は、そこに住んだり仕事をしている人が、地域を再発見するための博物館と言えるでしょう。

 平塚市博物館は館で働く学芸員の方、職員の方、そしてボランティアで活動する市民の方々(ここが平塚市博物館の真の強みではないでしょうか)の努力で「地域博物館」の名に恥じない、りっぱな博物館に育っていると思います。ただ残念なことに、多くの人にあまりこの博物館の真のすばらしさが理解されていないように思います。僕は、多くの人に平塚市博物館のすばらしさを少しでも知ってもらえればと思いこのホームページを作ります。本来ならもっと早い時期に制作すれば良かったと思うのですが、個人的にインターネットを利用できる環境がやっと整ったので遅まきながらホームページを立ち上げさせて頂きます。

1999年11月26日 たもも

 

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