片葉の芦

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ろばたばなしの会の会員の方)一番最初は平塚のお話し、片葉の芦
 昔、岡崎の入山瀬の辺りを治めていたのは岡崎四郎義実というつよーい侍でした。義実には二人の息子がいました。上の息子は与一義忠、下の息子は次郎義清といいました。上の息子の与一義忠は身体が弱くて咳ばかりしていました。だから小さい時からお乳をあげて育ててきた乳母は心配でたまりません。大きくなって強く立派に育って、お父さんのような立派な武士になって欲しいと思っていたからでした。だからいい薬があると聞くと、すぐ取り寄せて試してみました。いいお医者さんがいると聞くと、すぐ頼みに行きました。お寺や神社にもお願いに行きましたが効き目がありませんでした。
 ところがある日のこと「大山のお不動さんが効き目があるそうですから、お願いに行けば大概の病気は治るそうですよ」そう教えてくれた人がいました。「ですから百日参りをなさったらきっと与一さまの病気良くなるでしょう」それを聞いて乳母は百日参り、百日の間お願いごとをしに毎日出かけてお参りするんです。百日参りに出かけて行くことに決めました。
 雨の日も風の日も雪の日も欠かさず、とうとう百日目という日が来ました。さあこれでお願いごとを聞き届けてもらえるだろう。喜び勇んで大山の方へ向かって行くと、入山瀬という所にさしかかった時に道の横から大きな男が出て来て「やいやいお前さまは与一さまのお乳母さまか」と聞きました。「はい、そうですが何のご用でしょう」「実はな、与一さまの病気を治って欲しくないものがいるんだ。だから百日参りをして欲しくない。お前さまには死んでもらうんだ。なにしろ与一さまが元気になられては困るお人がいる。お前さまに百日参りをやめてくれと頼んでも聞き届けてはもらえないだろう。だから殺してくれと頼まれたんだ」「えっそれは誰ですか」「それは次郎さまのお乳母さまだよ。お前さまはどうせ死ぬんだから教えてやる」それを聞くと与一の乳母はびっくりしましたが、隙をみて急いで横に背のたかーく生えていた芦の中に飛び込みました。そして身体を低くして芦の中を逃げていきました。それを見た悪者は、平気な顔をして「おーいみんな集まってこーい」と手下を呼び集めると「この中に与一さまのお乳母さまが逃げていった。見つけ出して早く殺してしまえ」「よーし」と悪者の手下達はみんな刀を抜いて芦の中に飛び込みました。そして芦をばさっ、ばさっ、ばさっと切って探し始めました。ところがそこを通りかかった人が見て、びっくりしてお城に知らせました。するとお城から大勢の家来が駆けつけて来たので、悪者達はこれはかなわないと逃げて行きました。そうして無事にお乳母さまも助け出されました。
 でもこれを聞いたお父さんの義実は、こうして二人を一緒に置いとくと良くないことが起こるといけないと思って、与一義忠を隣の真田に住まわせました。だから与一は真田の与一義忠となりました。そして次郎義清の方は、ちょうど子供がいなくて、そちらの子供を養子に欲しいと言って来たおじさんの土屋の三郎宗清のところに養子に行きました。で土屋の三郎義清となりました。で、この時にばさっばさっと切られた芦が、片葉しか生えなくなったので片葉の芦と言われるようになったんだそうです。おしまい。

 

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