W 開館1年をふりかえって

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   ―――学芸員の立場から―――
1.はじめに
 昨年5月に開館した平塚市博物館も、はや9か月を経過しました。この9か月間、地域に根ざした動きのある総合博物館の実現をめざし、数々の活動を行ってきました。
 そこで、今日、学芸員の皆さんに集まってもらい、開館後のいろいろな活動の体験の中で、不十分な点として、今後どんな課題が残されているかを、一つ一つ具体的に話し合ってみたいと思います。

2.博物館の位置などについて
司会:開館当時を含め、その後の入館者像を思い起してみたいのですが。
:「ワァー、デッケイ」「すごくきれいだね」の声が開館と同時に起りました。
:その点、平塚市博物館は市民が今まで抱いていた郷土博物館のイメージを完全に吹き払ったのでは! 暗く、小さく、雑然としているというイメージを。
:博物館の場所を知らない人が、まだ多いのではと思うのですが、たとえば、第2ホール入口へ来て、「博物館はどこにありますか」という質問を受けた事がいく度かあります。
:それは、入口が二か所あるという問題で、博物館がどこにあるかの問題ではないでしょう。
:文化センターの案内板がセンター入口にありますが、あまり役立っていないようですね。文化センターの一建物として博物館があることを知らないようですから。文化センターと博物館の両面からその場所を知らせるPRが必要です。
:たとえば、現在、市内に文化センターの位置を表示した案内板は、駅前にしかないわけです。位置を示す指示版などを積極的に、周辺に作ってみたらどうでしょうか。
司会:文化センター内には、県立青少年会館・市図書館・市博物館とあるのですが、この辺の利点もあるのではないでしょうか。
:確かにあります。図書館に来た人が博物館にくるし、またその逆もある。入館者に相乗作用に似た効果を発揮しているのではないでしょうか。
:そうした条件から、休日など親子づれで入館する人が比較的多いというのもこの館の特徴として上げられます。
:ゲタばき博物館というわけですね。
:気軽に入館できるということでしょうか。
:館が無料であることも入館者増に作用していますよ。「オイ、タダだから入ろう」と。
:館を無料にする案を打ち出した時、批判的な意見も多くありました。その理由は、「子供の遊び場になる」「展示物が壊される」「公共施設をだいじに扱ってほしい」ということでした。
:平塚市博物館が、ある程度「子供の遊び場」化する事は、たとえ料金を取ったとしても予想された事で、その事で失うことを心配するより次の世代を育てたいという判断が学芸員の共通した理解でした。市民の協力のもとで地域博物館づくりを進めていこうとするには、誰にでも気軽に立ち寄ってもらえることが必要です。さらに、活発な教育普及活動を行なっていく館では、行事参加者からいちいち料金をとることも、好ましいことではありません。
:こうした考え方が最終的に議会でもみとめられたことは幸いでした。
司会:博物館のまわりに工場があるという事に対してはどうでしょうか。
:やむをえなかったとはいえ、隣りに化学工場がある博物館など聞いた事がありません。ですから、理想をいえば、工場敷地を含む周辺の環境整備、たとえば、市民の「憩いの広場」的になれば、より理想に近づけるのではと思います。

3.ともに考える展示
司会:さわって、確かめられる展示をと考えて作られた展示が比較的多いのですが。
:展示物に対するいたずらは、コーナーによって、若干あったのですが比較的少ないといえそうです。
:そのかわり、展示物以外の備品・設備のいたずらは多かった。たとえば、休憇コーナーの椅子に乗り、展示室を走り回る。手洗場の栓を取り外す。3階ホールのブラインドの破損などあげていけば切りがない。
:入館者が子供、とくに小・中学生が多いためでしょう。
:展示物に対するいたずらは、露出展示の宿命です。だからといって、壊されはしないかと心配するあまり、展示物を貴重品扱いし、入館者の手が届かないようにしなかったのが、この館の特長の一つです。
:そういう事もあってか、個々の展示についても比較的、評判がいいのではないでしょうか。さらに全体テーマに統一された、総合展示の意図のいくらかは、観る人に通じているのではないでしょうか。
:ところで、展示物の多くが、市民から寄贈を受けた物で占められている点「ここに俺の寄贈したものがある」というふうに自分たちが作っている、自分たちの出した資料で博物館が成り立っているんだという実感があるのではないかと思うのですが。
:一階の寄贈品コーナーに、この館のそうした理念が象徴されています。そして、収蔵室の公開ということも今日的要求としてあると思います。この考え方は、博物館の資料所蔵ということが、結果として「死蔵」に陥りやすく、その点を何とか克服したいという意図が背景にあるわけです。
司会:展示物では、意図的展示が随所にある。
:わざとカットしたり、屋根を葺かなかったり。その点、子供は、「なんで壊したんだ」「これじゃ雨が漏るじゃないか」といったりしています。
:展示物を常に観客の正面に据える展示法をとらなかった。たとえば、物は、横・裏からも見る事ができる事を知ってもらいたかったし、逆の意味からいえば、それだけ見せる事に徹したのです。だから「壊した」「漏る」という答が返ったとしても見せる事には成功しているわけで、そこから進んで、なぜ「壊して」「漏る状態」で展示されているのか考えるキッカケを作ろうとしているわけです。
:見て確かめる展示についてですが、さわって感激している場面によくぶつかりました。「相模の家」の柱に「うむ」と唸って必ず触る。「大山の道」の道標に、自然と繋ながった人間の生活を感じる、「雑草の道」のパネルも同様です。大きさに驚きを表明する「平塚宿」、リアルさでその驚きを表現する「五領ケ台のくらし」、遊びの楽しさが伝わる「相模川の道」、生活の実感から知りたい要求を満している「地下をのぞこう」などは先のアンケートの結果でも人気のある展示としてでてきています。
司会:情報コーナーの情報パネルに対して、先日視察で訪れた人が「他地域の人にも使えるコーナーである」と話していましたが。
:情報コーナーは、地域に徹した展示、およびテーマ展示の欠陥を埋めるため、より広く、深く知る要求に答えるために設けたコーナーですから、使い方によっては、平塚市域の人々を含め、周辺地域の人々にも使えるコーナーになりえると思います。
:このコーナーは、非常に利用されている所ですが開館以後一向にパネル数が増えていません。その利用度を考えると数の不足は否めず、私たちの怠慢を見る思いです。今後さらに充実させねばなりませんね。
:その他、情報コーナーには、当初計画していたもので未だ実現していない計画がいくつかあります。たとえば、実物資料検索を目的とした引出しの活用、館発行印刷物等の備え付け、他博物館の紹介パネル等、宿題が山積みしています。
司会:そうした点、ビデオ休憩コーナーの活用についても同様な問題があるのではないでしょうか。
:このコーナーについては、「休憩する場として最高」「休憩の場として、今までの博物館にこんなものはない」などの評判をえていますが。
:展示が、「物」に語らせるとすれば、映像は、見る人に画面を通して、博物館活動の多様な性格を紹介できるという利点をもっているわけです。
:そうした点からいえば、いま少し活用されてもいいコーナーです。開館当初には「博物館行事案内」「発掘への招待」「自然観察会への招待」「国府祭」等、活発に放映され、「前の人すわれ」「全然見えねえよ」と、黒山の人だかりでした。
:今は休憩コーナーのみの感じです。

 

4.活動的な博物館
司会:「新しさ」「動き」のある博物館という声を入館者、行事参加者からよく聞きます。
:それは、身近な地域の自然と文化をいろいろな視点から、新たに掘り起こし、見直し、それを地域住民が参加することによって、「館と住民」が一丸となって活動しているということを感じての表現ではないでしょうか。
:そうでしょうね、視察に訪れる方々が、館運営の実態を知ると、「こんなに行事をやっているんですか」「そんなに本当にできますか」と疑いとも感心ともつかない言葉が返ってくる。
:市民の方々からも、「どれに参加しようか、行事がありすぎて」「これもあれも参加したいが、日程が立ない」などの声もありますね。
:その表現に、すこしオーバーな所があるとしても、その事によって、地域の人々に博物館が「学ぶ事の要求」をあるいは「知る権利」の一端を担おうとしているんだなという理解をしてもらえていることがわかると思います。
:それはあくまでも、博物館側の手前味噌的な見解でしょう。
:そうでもない。たとえば、体験学習シリーズの「土器を作ろう」に参加した人に聞くと、「興味本位にヒマつぶしにやってきた」「単に縄文時代に興味があったから」等の参加理由の第一にあって、いざ製作に取りかかってみると、「自分で土をこねる」過程を通して、「土器への興味や細部への観察が進んでいく気がする」と答えているし、「当時の社会へ接近する、新たな問題意識を数多く与えてくれる」とまでいいきる人もいます。たとえ、そうした認識にたたないまでも、土器を作ることが、「古代人の気分に浸ることによって子供たちとの交流に役立てば」といった素朴な答もかえってきています。
:自分が作り出すものに誇りを感じる。たとえば、作品を「家の宝物」と考える参加者は、土器づくりなど体験学習シリーズに共通したものでしょう。
司会:そのほか、市民参加の行事には、いろいろなものがありますが、たとえば、映画会・講演会など講堂を利用する行事などについては。
:自分で「もの」を作るといった体験学習と違い講堂などで行う行事は、話を聞くといった受身の型になる場合が多いが。
:しかし、講演会・映画会・スライド会にしても特別展と抱き合せて企画したものが多いわけで、その点では、「物」を前にしての講演ということで理解はより深まっているのでは。
:「展示」と「講演」が有機的にからみあっている。この辺は、講師の方々がいう「参加者の熱心さが話をする私に伝わる」といった言葉に現われています。
:講堂を使用する行事の中でも、体験学習とその性格がよく似ている古文書講読会は、館内行事の中で、市民参加の研究会だと位置づけられます。
:館はあくまで、場所と資料を提供するだけで自発的な参加者自らが歴史を学ぶ足がかりを作っているにすぎません。そうした中から「この点を理解するためには、どの本を読んだらいいか」といった疑問が出てきています。
:地域の人々の要求は多様で、展示だけではその要求を満すことはできない。調査・研究の成果を還元するためにも、展示と同等の比重で教育普及活動をすることが今後どの博物館にも要求されることと思います。平塚市博物館は、そうした新しい地域型博物館の先駆的存在になりうるのではないでしょうか。
司会;今までは、館内での普及活動を中心に話してきましたが自然観察会などの野外教育活動についてはいかがでしょうか。
:準備室段階に、身近な自然を観察しようという目的で、隔月に行われた自然観察会は、開館後「自然に親しむ会」「調べる会」の二本立で行っています。
:「自然と人間生活のつながりを学べる」「緑の大切さは、緑に触れてこそ、その価値がわかる」などという参加者も多いのです。
:会の参加者に、学芸員手作りの様々なパンフレットが必らず配られることも自然観察会・遺跡見学会などの時の特徴です。
:この博物館が、展示を見せるだけの博物館であったなら、「文化果てる地」の博物館は、たぶん一度来たら二度と来ることのない博物館でしょう。自然は天然の博物館であるという意味においても身近な地域の自然・文化を野外で実際に見て、考える機会を作っていこうとしているわけです。「ほんとうの夜空を」をテーマに行う「星を見る会」ので子供たちの「すごい」という感激のあの一言。そのときの目の輝きは、生きた博物館の生きた証拠のように思えます。
:自然観察会は、小学生のグループを中心に、親子で、ときには夫婦というように、いろいろな人々が参加している状況にあります。
:この館は、小・中学生を対象とした博物館であるともいえます。博物館活動を発展の可能性のある子供に向けているからです。しかし、活動の中心を小・中学生に置いているとはいっても、古文書講読会は、その性格上高校生以上、体験学習でも多く一般を対象とした平日に企画しています。「子供のころの感触と記憶がよみがえる」「老後の楽しみが1つ増えた感じ」こうした率直な感想が起ること、それが市民と一緒に博物館を作る基本であるようです。

 

5.反省と展望
司会:もう紙面もだいぶ少なくなりました。そこで博物館全般にわたる現状報告的な話しを基礎に反省と展望に移ってほしいのですが。
:この博物館は、資料搬入動線と展示の動線とが明確に区別されているわけですが、展示の動線上いくつかの問題点を指摘できると思います。たとえば、2階の動線が大山の道を本来左に見て順路となるのですが、多くの入館者が逆の順路をとっています。
:ただ、この順路の違いは、テーマ展示の場合さしたる問題はないのでは! テーマ展示の場合、個別的・微視的に見ることも可能ですし、全体的・巨視的に見ることも可能ですよ。
:資料搬入動線でいえば、くんじょう準備室の機能が発揮されず、いまでは物置化している点考えを改めねばと思います。
:工作室は、意外に狭く感じますね。
:予算上の問題もあって、特別展の準備一つ取っても、担当学芸員の手作りによるものが多く、工作室を使うためより狭さを感じます。特別展の展示製作が終るまで、他の人は、工作室で仕事ができなかったりして。
:予算上の問題といえば、この館の印刷物の大部分が手作りである点に端的に示されています。
:それなりに作るたのしみはありますが。
:しかし、大変だというのが本音です。
:室の問題についていえば、まさかと思われた北側収蔵室2室の結露という問題がありました。
:建設時、この点は相当課とも話し合い十分考慮していたのですが、大きな誤算でした。
:プラネタリウムの学校投影を通して、団体見学については、随分考えさせられたこともありました。
:ある程度の目算はあったのですが、学校によってその指導の在り方に違いがあるためか、受入れ側としてかなりのとまどいがありました。プラネタリウム学習と併行して、展示室をみる学習もそれなりの意義があるわけで、今後、館と学校との協力によってより好ましい方向づけがでてくるのではないでしょうか。
:そんな事から、学校教育・団体見学に対して、館と学校、館と団体等の密接な連携が今後の課題として残されたのではないでしょうか。
司会:平塚市博物館は準備段階から、バランスのとれた館づくりを目ざして活動を続けてきたわけですが、各活動のバランスという意味で現状はどうでしょうか。
:今まで中心に話してきた教育普及活動面では、活発といえると思います。しかし、そうした活動のもとになる調査収集、とくに資料整理が遅れているのが問題です。
司会:今日は、平塚市博物館が目ざしてきた、新しい地域博物館の活動を、入館者の声を混えながら話し合ってきました。こうした館づくりの過程には、教育文化面の一施策として博物館建設に多大な力を注いだ行政者・理事者があり、さらに力強い協力を惜しまなかった市民各位がいたわけです。2年目を迎える地域博物館として、すべての期待に応えうる館になるよう、一歩一歩あゆもうではありませんか。

 

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